03


俺の感じた嫌な予感は朝だけに限らず今日一杯続くのかもしれない。

俺は教壇に立つホスト教師が悪の手先に見えてきた。

「分かったな糸井。必ず行け」

教室内にいるちびっこ生徒達からは、朝とは逆に何でアイツが〜とか調子に乗ってんじゃない〜とか、悪意の籠った視線を向けられた。

俺がいつ調子に乗ったか聞きてぇし、呼ばれても生徒会室になんか行きたくねぇよ。

そう、朝の鬼ごっこについて生徒会直々に説明があるから放課後来い、とホスト教師の口から伝言されたのだ。

誰が行くか。敵の巣窟なんかに。君子は危うきに近寄らず、だ。

よし、サボろう。

うんうん、一人で勝手に頷いて決めていたら教壇から、おい聞いてんのか?と教師とは思えない、柄の悪い声が飛んできた。

俺はそれに優等生らしく、

「聞いてます。分かりました」

と、にっこり笑って返してやった。

誰が行くかよ。

心の中で反対の事を呟きながら。

ところが、この見た目チャラいホスト教師は案外勘が鋭かった。

「あぁそうだ。お前、外部だったな。生徒会室の場所知らねぇだろ。俺が特別に連れてってやる」

そして、最悪だった。

余計な事を、と俺はひくりと口端を引き吊らせた。

担任の後について、教室を出ると背後からちびっこどもの、何で菊地先生があんな奴の案内するの!!と憤った声が聞こえた。

その言葉に俺は前を歩くホスト教師が菊地という名前だということを認識した。

後で覚えてろよ菊地。

眼鏡の下の瞳を鋭く細め、菊地の背を睨み付ける。

「おい、糸井」

そんな思いを込めて見つめていれば、菊地は急に立ち止まって振り返った。

俺は瞬時に表情を戻して、何ですか?と首を傾げて聞き返した。

菊地は呼び掛けた癖して俺をジッと見下ろして続きを言わない。

「何ですか?」

いい加減焦れてきた俺は少し語気を強めて再度聞き返す。

「一つ忠告しておいてやる。ここで平穏に過ごしたきゃその短気な性格少しは直せ」

「は?」

「無闇に周りを挑発すんなって言ってんだ。それじゃすぐ本性がバレるぜ」

はぁ〜〜〜!?

何言ってんだコイツ?

眉間にぐっと皺を寄せた俺に構うことなく、菊地は身を屈めると俺の耳元でボソッと唇を動かした。

「まっ、無理だとは思うが気を付けろよ、蒼天のヒサ」

フッと笑って身を起こした菊地は前に向き直り歩き出す。

「お前は俺が狙ってたんだ。俺が喰う前に他の奴なんかに喰われんなよ」

ちょっと待て!

コイツ、俺のこと知ってる?

何でだ?ヤバイだろ。今度はどっからバレたんだ…?








人が周りにいなくなったのを見計らい、俺は前を行く菊地の背広を掴んだ。

「おい、菊地センセ」

それでも俺は用心して小声で話しかけた。

すると何を思ったのか振り返った菊地は俺の腕を掴み壁に押し付けてきた。

「うわっ、何すんだよ」

いきなりの事に俺はキッと菊地を睨み上げる。

「誘ってんのか?」

ずいっと顔を近づけられ俺は眉を寄せた。

「は?意味わかんねーし、ちけぇよ。離れろ」

「無意識か…。まぁいい、お前ならいつでも大歓迎だぜ」

「んぅ!?」

菊地は遊士や來希と違い、唇を合わせるだけに止まらず即舌を入れてきた。

こいつっ!!

エレベーターで來希に食らわせたのと同じ様に俺は右膝を菊地の腹目掛けて突き上げる、はずだったのだが…

「ふっ…はぁ…」

相手の方が一枚も二枚も上手だった。

攻撃しようにも体に力が入らない。

息が苦しくて目尻に涙がジワリと滲んでくる。

ぜってぇ許さねぇ、こいつ!

「…んっ…ゃ…め…」

「菊地先生、その生徒を離して頂けませんか?」

聞き覚えのある声がすぐ側から発せられ、ぼぅっとしてきた俺はそれが誰でもいいから助けて貰おうと滲む視界でその人物を見やった。








side 幹久

生徒会室で久弥が来るのを待っていたが、中々来ないので迎えに来て見ればこれだ。

それにしても…、

助けを求めるようにこちらを向いた久弥の顔といったらもう。

頬は紅潮し、眼鏡の下の瞳は潤んで、食堂で見た生意気さの欠片はどこにもなかった。

これは意外なものを発見しましたね。

久弥を見つめたままクスッ、と僕は笑みを漏らた。

「…はっ…ふっ」

菊地は久弥から唇を離すと舌打ちをした。

「ちっ、鳥羽か」

久弥は酸素を取り入れるように忙しなく呼吸を繰り返し、力の入らない体を菊地に預けた。

「彼をこちらに渡して貰いましょうか?」

「嫌だって言ったら?」

「遊士に殺されますよ」

「もう志摩にまで目ぇ付けられてんのかコイツ」

げっ、と嫌な顔をした菊地に僕は心の中で答える。

僕の知っている限りじゃ遊士の他に和真や來希といったこの学園でもそうそうたるメンバーに興味を持たれていると思いますよ?

かくいう僕も興味がわきましたし。

「さぁ、彼を」

一歩近づけば菊地に身を預けていた久弥が何かボソリと呟いた。

「………ぇ」

菊地はそれを聞き取ろうと、何だ?と久弥の肩に手を置き、少し体を離した。

「おい?」

「…っ、死にさらせこのクソ教師っ!!」

完璧油断していた菊地は腹に久弥の右拳を受けてぐっと呻いた。

「てっめ…教師に暴力奮っていいと思ってんのか?」

腹を押さえながら息も絶え絶えに言う菊地に久弥はふんっと鼻を鳴らして言い返す。

「先に手ぇ出したのはアンタだ」

「確かに。菊地先生、今回は貴方が悪い。彼は僕が責任を持って生徒会室に連れて行きますのでここでお引き取りを」

逃げられないよう久弥の制服の襟を、子猫を捕まえるように掴み言えば、菊地ははぁと諦めたようにため息を吐き、しょうがねぇと背を向けた。

さて、逃げようと模索しているこの生徒をどうしましょうかねぇ。

久しぶりに楽しいものを見つけた。



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